PINK BLOOD歌詞意味解釈。宇多田ヒカルさんから学ぶ「承認欲求」にとらわれずラクに生きる意識

宇多田ヒカル

どうも、まさひろです。

僕は音楽が好きで、とくに邦楽が好きなのですが、
なかでも宇多田ヒカルさんの作品はことあるごとに繰り返し
リピートしています。

 

宇多田さんのデビュー曲「Automatic」に衝撃を受けたひとりです。
同年代ということもあり、勝手に親近感を持っています。

学生時代には友人からチケットを譲ってもらい実際に
LIVE会場で宇多田さんの生歌を聴けたことが最高の思い出です。

 

そんな僕が今回、宇多田さんが先日発表した新作
PINK BLOOD」という作品を聴き込んで感じたことをこれからお話させて頂きます。

先行きが見えずらい今の時代に、「PINK BLOOD」に宇多田さんが込めたメッセージを読み取り意識することで、生き方がだいぶラクになります。

友人の表情や場の空気を読むのはほどほどに

人は、誰でも人との関係性のなかにおいて、生きています。
どんなに強がっていても自分ひとりで生きていくことはできません。

しかし、その人との関係こそが、生きずらさの原因になっていることも事実です。

・親子関係
・夫婦関係
・恋人関係
・上司と部下
・先輩と後輩
・友人関係

などなど。

自分以外の人間といかにうまく付き合うかを強制的に問われてしまいます。
その点がうまくいっていないと人は悩み落ち込みます。

そこで他者との関係をできるだけ穏便に済ませるために、
他人の表情や場の空気を読んでいきます。

しかし、それってとても疲れる。
良い子を演じるってとっても大変ですよね?

そんな想いを宇多田さんは「PINK BLOOD」でこう歌っています。

他人の表情も場の空気も上等な小説ももう充分読んだわ

誰もが抱えている息苦しさを代弁してくれていますよね。
人間関係を円滑にするために、多少は他人の表情や場の空気を読むことが必要とされます。

周りのことを考慮せずに、自分だけのことを考えて傍若無人に行動するってことが
必ずしも良いとは限りません。

でも、過度に他人の表情や場の空気を読んでしまうと、
自分が何者かが分からなくなってしまいます。

ではなぜ人は過度に「他人の表情や場の空気を読んでしまう」のでしょうか?

生きずらさの原因である「承認欲求」

その根底にあるのは、「他者から認めて欲しい、自分を価値ある存在として認めたい」というのが「承認欲求」です。

・自分の頑張りを親から認められたい
・SNSでイイね!をたくさんもらいたい
・友人から凄いやつだと言われたい

などなど。

周りから嫌われたりして「非承認」を受けるとひどく傷つきます。

「他者から認められたい」というこの「承認欲求」ですが、決してゼロにすることはできないし、ゼロにする必要もありません。

「承認欲求」があるからこそ

・成果を挙げて上司や会社から評価されるために仕事を頑張れたり
・親から褒めてもらいたいために勉強を頑張ったり
・パートナーから認めてもらいたくて、身なりを整えたり

などなど。

「承認欲求」が行動のモチベーションになっているからです。

しかし、過度な「承認欲求」は逆にマイナスに作用します。

例えばSNSで多くのイイね!や注目を集めたいばかりに、

・注目を集めるために過激な発言や行動をしたり
・借金をしてブランドものを買いそろえて写真を投稿したり
・俺は頑張ってる感100%の文章を投稿したり

などなど。

「承認欲求」が満たされていないと、ときに人は
普段ではしないような行動や言動をとってしまうこともしばしば。

じゃあ、どうやってこのやっかいな「承認欲求」と付き合っていけば良いのでしょうか?

宇多田さんが説く「承認欲求」との付き合い方

このやっかいな「承認欲求」との付き合い方を宇多田さんは「PINK BLOOD」のなかで
2回繰り返してこう歌っています。

 

誰にも見せなくても
キレイなものはキレイ
もう知ってるから
誰にも聞かなくても
キレイなものはキレイ
もう言ってるから

さきほどこの記事のなかで「承認欲求」をはじめに説明した際に、

「他者から認めて欲しい、自分を価値ある存在として認めたい」というのが
「承認欲求」です。

とお話させて頂きました。

ここでポイントとなるのが、「自分を価値ある存在として認めたい」という部分です。

 

承認欲求は厳密にいうと

・自己承認欲求
・他者承認欲求

の2種類があります。

「他者から認めて欲しい」というのが他者承認欲求。

一方、「自分を自分で価値ある存在として認めたい」のが自己承認欲求です。

承認欲求にもレベルがあり

自己承認欲求に比べて、他者承認欲求のほうがレベルが低い

とみなされています。

ここで再び宇多田さんの「PINK BLOOD」の歌詞に注目します。

誰にも見せなくても
キレイなものはキレイ
もう知ってるから
誰にも聞かなくても
キレイなものはキレイ
もう言ってるから

この歌詞では、まさに「自己承認欲求を満たしていこうよ!」という意図が読み取れます。

この歌詞のあとに、

他人の表情も場の空気も上等な小説ももう充分読んだわ

と続いていることで、「他者承認欲求を満たすのは辞めよう!」ってことをおっしゃっています。

さらにこの後

私の価値がわからないような
人に大事にされても無駄
自分のためにならないような
努力はやめた方がいいわ

と再び「他者承認欲求を満たすのは辞めよう!」と宇多田さんがリスナーに呼びかけているように僕は感じました。

自分はすでに世界から認められている。

・何を食べるかも
・何を着るかも
・何を観るかも

とくに制限されていないわけです。日本では。

もう自分は世界からすでに認められている価値ある存在なんだから、
そんな自分を自分で認めてあげれば、
過度な他者承認欲求を満たそうとしなくても良いんだよ。

そんな宇多田さんからのメッセージを「PINK BLOOD」から受け取ることができます。

さらに言葉は続いていきます。

あなたの部屋に歩きながら
床に何個も落ちる涙
自分の価値もわからないような
コドモのままじゃいられないわ

 

自分の価値が分からないのは、子どもであり、
大人は自分の価値を分かっているものというメッセージ。

さらに言葉は続きます。

心の穴を埋める何か
失うことを恐れないわ
自分のことを癒せるのは
自分だけだと気づいたから

他者承認を求める自分を乗り越えた姿がこの歌詞では描かれています。
そして一歩歩みを進めようとする人に、宇多田さんはこうエールを送っています。

サイコロ振って出た数進め
終わりの見えない道だって
後悔なんて着こなすだけ
思い出に変わるその日まで

とくに、「後悔なんて着こなすだけ」って部分がとても印象的です。

「後悔しないように生きよう」
「後悔しない選択をしよう」

って言葉をついつい使いがちですけど、これって受け手にとっては何か
上から目線での発言って捉えてしまいますよね。
「お前、何様のつもりだよ」って感じです。

けれど、宇多田さんはどこまでもリスナーの想いに寄り添います。

「後悔したって良いじゃない。その後悔を思い出に変わるその日まで着こなせれば」って
なかなか出てこない表現ですよね。

宇多田さんの人間に対してのやさしい眼差しを感じさせてくれる言葉選びだなと僕は感じました。

そしてラストはこう締めくくられています。

サイコロ振って一回休め
周りは気にしないでOK
王座になんて座ってらんねぇ
自分で選んだ椅子じゃなきゃダメ

 

自分の人生をここでは椅子に例えて、他者から用意された椅子ではなく
自分の椅子(人生)は自分で選ばなければダメってメッセージで
PINK BLOOD」はフィナーレを迎えました。

PINK BLOOD のタイトルに込められた意味

「PINK BLOOD」はアニメ「不滅のあなたへ」のテーマ曲です。

アニメ「不滅のあなたへ」は
球から石、オオカミ、人間など様々な物体に変身できる能力と不死身の体を持つ主人公が様々な人間との出会いを描く物語です。

人間でも動物でもない血が流れている主人公を表す言葉の象徴として
「PINK BLOOD」=「ピンクの血」というタイトルを付けたとも考えられます。

しかし、僕は「PINK BLOOD」=「ピンクの血」とは人間が持つ価値や美しさの象徴だと思っています。

「ピンクの血」は目に見えず存在しない。
しかし、その「美しい血」は誰もが持っている。

その自分が本来持つ「美しさ」に自分が気づくことの大事さが
「PINK BLOOD」の作品全体を通してメッセージとして描かれていると思います。

言い換えれば

他者承認欲求を満たすのではなく、
すでに自分は世界から認められているという自己承認を満たす

先行きが見えないこんな時代だからこそ、
この意識を大切にして一緒に生きていこうよ!

という宇多田さんからのメッセージを
「PINK BLOOD」という作品から僕は受け取りました。

あなたは「PINK BLOOD」を聴いて、宇多田さんからどんなメッセージを
受け取りましたか?

今回お話したことは、あくまで僕の感じ方であり、これが正解ではありません。
作品をどう解釈するかはリスナー個々に任されている部分があります。

でも、宇多田さんの表現者としての凄さや
「PINK BLOOD」の魅力を少しでも伝えることが今回できたなら幸いです。

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